米国解剖研修日記 三日目

米国解剖研修日記   三日目

岩崎です。

米国にて、人対解剖研修です。三日目。以下、メモに過ぎません。なるべく感じたことをそのまま書いています。


●三日目、WSから。

トムから。

「あなたたちはcrazyだと、きっと家族や、友人から、言われていることでしょう。人体解剖?正気?と」

私の場合は、といえば、「YES」だ。

「そこまでする必要あるの?」

「なんで?」

散々言われた。

トムが続ける。

「でも、crazyな世の中で、社会で情熱を持って働きかけようとするあなたたちが本当にcrazyなのでしょうか?」

違う、と誇りを持って言える。

答えを探そうと海を渡り、全身の人体解剖までする理学療法士、歯医者、ボディワーカー、水泳指導員まで,,,

自分の身体を預けるなら、私はそういう彼らにしたい。





●WSにて、トムから。

「癒着した筋膜はストレッチをかけていけるか? —YES。ピン&ストレッチなどが有効」

「横隔膜の位置が想像よりはるかに高かった。あれは普通なのか?→YES」

「癒着は腹部以外では本当はDensification、高密度化と呼ばれる」

「若い献体だとどれほど筋腹が変わるか?→やや厚みが見られた、という経験がある」

「腹直筋だけを収縮することができるんだ私、というボディワーカーには非常に懐疑的だ」

….など。

理学療法士の山本先生が口を酸っぱくして言っているが、筋肉とは、とにかく大きな筋膜に包まれて、また各筋肉がレイヤーとしてマッピングしている。つまり、1つの筋肉だけ動かす、というのはほとんどの場合、非現実的である。

これは昨日までの2日間で自分の目で学んだことだ。


●喉頭筋群を分離させ始める

完全に切離してはならないという条件で、喉頭筋群を一つ一つ、間に挟まる筋膜にメスを入れ始めた。

まず最初にどの喉頭筋群も、他の喉頭筋群と「分離して動けるようには見えないし、肌では感じられない」。

癒着と言っても良いだろうが、この喉頭筋群の神経支配を整理させていくのか、と思うと、もはや発声訓練とは、絶望的な難易度に思えた。

※ボイトレマニアたちよ、よく言っておく。「甲状披裂筋はこのくらいで、このくらいで、輪状甲状筋は優勢にして、それから閉鎖筋を強めに」なんてそんな簡単なものじゃないぞ、発声は。自分が満足できるようになるには、いい加減なことを言うようだが、ざっと10年ー20年かかると思った方が良い。想像を絶する細かさと、複雑さを持っている。どう考えても1年以内に劇的な変化を見込める楽器ではない。

胸鎖乳突筋は筋腹が大きい。これはほかのどの献体でも同じだった。

胸骨甲状筋、上に重なる胸骨舌骨筋、これらは非常に筋腹が薄い。もはや2枚重なってるとは思えないほど。ほかの献体でもそう思えた。

驚いたのは、肩甲舌骨筋。もはや「ない」。他の献体では、かなり個人差が大きい。

どこを探しても見つからない献体や、厚みを感じられるものもあった。明日Thomに聞いてみたい。

明日以降、喉頭、咽頭を剖出する。

ちなみに、胸骨舌骨筋をメスでめくった状態だが、輪状甲状筋らしきものはまだ見えていない。


●クリスクロス

筋群、筋膜の繊維が交差した状態を「クリスクロス」と彼らは呼んでいる。

クリスクロスは、物理的な考えで、「安定感」を作る。

つまり、無理なく力を生むのに、非常に有効で、人間の体はあれこれクリスクロス状態で出来ている。

想像し難いだろうが、あなたの皮膚を引っぺがしたら、筋膜という膜が現れ、

膜の繊維が交差している、というわけだ。(場所による)

姿勢について、大事件だったが、軽めに記す。

胸鎖乳突筋の、クリスクロス相手に、頚板状筋があり、

この張力が弱まると、僧帽筋がバランスをとるのに、過度に仕事をし、肩甲骨が引き上がってくる、ということだった。





●横隔膜の事実

肋間筋を筋膜から外し、Toddを呼ぶ。

ニッパーで肋骨を切り取り、ついに内臓へ。

まず真ん中に「縦隔」がある。胸腔を二つに隔てる。

そして縦隔の中に、心臓がある!心膜が破けていたため、すでに、心臓が居た。

心臓を握ると、想像より小さく感じた。明日、違う献体でも確認したい。

横隔膜だが、心膜とくっついていた。つまり、心臓がある限り、「横隔膜の前方は下がらない。」

位置に関しては、想像よりやはり高かった。肺の位置が鎖骨の高さまであるほどだ。

これは奢りだし、なんだか上目線な発言に聞こえそうだが、

「これを見たことないのに横隔膜の位置を教えようなんて本当に馬鹿馬鹿しい」そう正直思った。


●腹部の衝撃、涙

腹膜を外すと、内臓がとんでもないことになっていた。

重い病気だったようだ。

内臓がそれぞれ、完全に癒着し、「一つとして自由に動かない。」

腹水もひどい抹茶色で、たぷんたぷんとしている。内臓も皆その色をしている。

Thomが話す。

「こんな状態で相当苦しんだことだろう」

通訳のkaoriさんが泣きながら訳していた。

それもそうだ、献体の今までの解剖の経緯の理由が解けた。

Toddが最初に彼女の皮膚を割いた時、Toddが叫んだ。

「No fat!!!(脂肪がない)」

体脂肪率5パーセントほどじゃないかと彼らが言うほど、本当にやせ細っていた。

筋群も硬直しているところが多い。肩もしっかり上がらない。胸にはポートが突き刺さっている。

(そこから栄養をとったのだろう)

病気で、しばらく動けなったと思われる。苦しんで、痩せて、そうして死んだだろう。

Kaoriさんが泣いてるのを見て、こちらも泣きたくなって、また献体への感謝があふれた。愛しくなった。名前も知らないが、心からありがとうと伝えたい。


●帰り道 山本先生に話したこと

表皮の上から輪状甲状筋が確認できる、というのも「99パーセントありえない」。できるなら、超能力者、だろう。本当にばかばかしくなった。

また筋電図実験にもやはり非常に疑問を持った。

ちょっと気が重くなった。

ボイストレーナーたち、ボイトレマニアたち、ツイッターでも言ったが、

今のCT、TA騒ぎはもはや、「流行り」に思える。

科学者の都合のいいロジックだけ取り出して隠れ蓑を作り、もしくは売り文句を作って、商売しているように見える。

「科学的発声理論による革命」は19世紀、ガルシア、ランペルティからずっと続いて、ずっと失敗してきた。そして撤回もされてきた。

撤回されるかもしれないぞ、今のブームも。科学者によって。その時、どうするんだ。僕たちは、その生徒たちは。

そんな話をバスの中で、山本先生に少しした。


●その他いろいろ

・解剖は毎日6時間 たちっぱで、体力勝負でもある。

・参加者は40人強。

・献体は女性。

・空いた時間は?今日は数人で少しお酒を飲んだ。楽しかった。

・楽しんでいる。体力とよく相談しつつ。

・匂いは、内臓を触った今日が、一番きつかった。生肉、血の匂い。マスクにアロマオイルを塗りたくったが、それを突き抜けるほどのきつい匂いだった。あまりの匂いにひどくむせて、一旦部屋を出た参加者もいた。ブログを書いている今も、「匂いの記憶」がつきまとう。

・どうしても中が見たい、身体の中が見たい、より良い仕事のためには見ねば、という強い情熱がある人間には、次の機会があったらば強くお勧めする。「行ってみようかなー」とかならば、心配する。ちなみに、女性でもケロッとしている人はケロッとしていたりするのだが。僕はといえば、ストレスは感じていないとしたら嘘だろう。ただそれ以上に得るものが大きすぎるから、明日も非常にポジティブだ。

・脚部など、不勉強であったが、正直言って、解剖しながら学ぶのが効率いいなと感じる。だって、見て、触って、わかるから。

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