米国解剖研修日記 最終日 五日目

米国解剖研修日記   最終日 五日目

岩崎です。

米国にて、人対解剖研修です。五日目。以下、メモに過ぎません。なるべく感じたことをそのまま書いています。


●五日目、ミーティングから。

Thomのスピーチから始まる。

が、昨日からの興奮と、ついに喉を「見れる、触れる」という期待のために、もはや内容をよく覚えていない。不勉強な領域だったのもたたった。

エクササイズを限界までゆっくりやったときの身体への負荷はどうか?そんなワークがあった。

普通の腕立てを200回できる参加者が1回の腕立てを5分近くかけてやっていたのには皆喝采の声を上げていた。





●「喉頭原音ーこうとうげんおん」を知っているだろうか?

我がグループで、「喉頭原音」を聞けないだろうか、という話になった。

今、喉頭、口蓋は、メインの身体から切離された状態だ。

つまり共鳴腔が「ない」状態。

器官の一部に穴を開け、そこから息を送り込めば、声帯が震えるかもしれない。

そして、「音声」が生まれるかもしれない。

共鳴させるスペースがない状態の「声」が聴けるかもしれない。

これがどれだけの価値があるか分かるだろうか。

喉頭原音は、小さく、また響いのない、人間の声とは思えない音、として知られる。

この音を聞くことで、いかに人類が「共鳴腔」を上手く使っているかを想像できるわけだ。

喉頭原音を生で聴いたことがある人間など、会ったことがない。

もしかして本当に聴けるのではないか、そう思うと胸が高鳴った。


●喉頭原音を聴く前に

喉頭原音を聴く前に、まだ、発声器官は完全にメインの身体から切離されていない。

だから、「今の状態」を記録したかったので、スケッチを始めた。

スケッチは、そこから、喉頭原音を聴いた後も続けて、10枚ほどになった。

これは後ほどもう一度書くが、このスケッチ、本当に価値があるものなんじゃないだろうか。

天国のフースラーでさえ、このスケッチを欲しがるんじゃないだろうか。

どんな発声指導書にも、どんな解剖学書にも「ないアングル」だった。

大学教授の解剖学者たちも「こんなの誰もやっていないわよ」と言っていた。

もしかしたら、今後の発声界へインパクトを与えるものになるんじゃないだろうか。

スケッチを始めると、

ラボの主であるTodd Garciaがやってきて、「喉頭原音を早く試しなさい」とやけに急かしてきた。

「なぜそんな急かすのか??」と疑問だったが、後でメンバーたちと、

「あれはToddが喉頭原音を聴いてみたかったんじゃないか」と話した。そうだったら、面白い。





●出ない??喉頭原音

鎖骨の少し上くらいから、気管に切れ目を入れる。

ちなみに気管は、じゃばらの、本当によく出来ていた。まるで人工モノのような感触。

柔軟性も高い。ホースのような感じであった。他のグループは器官を触って「人工気管だ!」と騒いでいたが、触りに行ったら、「天然物」だった。それほど、気管は、よく出来ている。

切れ目を入れて、そこにA4の普通の紙を丸めて、挿入する。

いよいよ、息を吹き込む。

なるのだろうか。声は。献体の声が聴けるのだろうか。

息を吹き込むのは、理学療法士の山本先生だった。

息を「ボッ」と強めに吹き込んだ。

,,,,ならない。

もっと強く吹き込んだ。

,,,,ならない。

この時点で、他の参加者は少し不安になったかもしれない。

が、私にしてみれば当たり前だった。

声門閉鎖が全くない状態だ。やはり、ならない。

次の作戦に移る。


●喉頭原音が鳴った!!

次は、梨状陥凹あたりに人差し指を突っ込み、無理やり閉鎖を作ってみる。

この閉鎖具合が難しい。

人間の指では大きすぎる。

閉鎖しすぎて、仮声帯も完全閉鎖してしまい、ちょうど良い具合に息が流れなくなる。

閉鎖具合は色々と試す。

そのうちに、

「,,,Boo—」という音色が聴こえ始めた。

我々は極度に興奮した。

「山本先生、今の、もしかして?!」

「もしかするかもしれへんな!」

もっと吹き込んでください!と叫んだ。(吐いて、そのまま吸うわけにはいかないので、かなり時間がかかる。そのまま吸ったら、献体の組織が山本先生の肺に吸い込まれる恐れがある)

何度か繰り返す、

そうすると要領をつかみ始めた。

ついに、

「Boo———————————–(5秒ほど)」

のロングトーンに成功した!

これだ!とグループ全員で歓喜した。

Toddを呼べ、出たぞ!と誰かが言ったが、

Toddはもう後ろに控えていた。やはり少し楽しみにしていたのではないか。

ニヤニヤしながら、「今のはAtsushiの声じゃないのか?もう一度やれ」

えっ?はい!と言って、もう一度トライ。

また出る。

Toddも喜んでいたようだった。彼ほどの学者でも、珍しい実験だろう。

喉頭原音は、本当に小さく、弱い音だった。

人間の声とは思えない、無機質な音だった。

ここから、無限大の音色を生み出すことができるだのだと思うと、共鳴腔とは、喉頭、咽頭筋群の多様さたるや,,,。

ちなみに喉頭原音のモノマネをすることは出来る。私にあったら、ぜひ披露させてほしい。

それにしても、とてつもない価値を秘めた実験となった。


●完璧な答え

まず、スケッチに色をつけたものを一つ。(もし他所で使われる場合など、どうかお声がけください。歓迎します。無断転載はおやめください)

S__2375683

おそらくこの図だけだと何かわからないだろうが、それは別の説明の機会を持ちたいと思う。

喉を開く、とは何か?というよく話が持ち上がるが、

Garcia Toddによる上の絵のとおりの、芸術的解剖のおかげで、完全に理解した。

上記の剖出した発声器官を使って、理学療法士の山本先生、歯科医師の山下先生らと

「あーでもないこーでもない」

と議論する。

その中で私が、「この状態がおそらくこういう声じゃないでしょうか、アーー」とデモをする。

「そしてこれがこう、アーー」。

「この状態はこう!アーー」。

そうすると、

「それや!!」と3人全員が納得した。

喉を開く、とは、つまり体積を変えること。

喉頭を下げるだけ、でも、軟口蓋をあげるだけ、でも、足りなかった。体積が変わらないのだ、それじゃ。喉は開かない。

未だかつて、これほど喉でなにが起きているかを、視覚的にこれほど理解できたことがあったろうか。

「すごいぞすごいぞ」と3人で歓喜する。足がすくむ。これほどのものが見れるとは思っていなかった。完璧な答えに思えた。


●各筋群まとめ

口蓋帆挙筋

筋腹が「かなり」しっかりしている。軟口蓋周辺は間違い無く、緊張を得られるだろうとるいう実感があった。しかし、上がるだけではない。口蓋筋群の方向性はかなり複雑だ。単純に上がる、というのは語弊があるのではないだろうか。フースラーは「緊張を得られる」と書いたが、私はその言い方に同意する。もっと言えば、「緊張し、下方に引きつつ、上がり得る」ではないだろうか。

口蓋咽頭筋

それらしきものを、一瞬見れたが、確信はない。

下咽頭収縮筋

輪状甲状筋のすぐ隣に位置していた。筋腹が「かなり」しっかりしている。後方、下方に引きうるだろう。発声に関与することは間違いないと思える。フースラーのいう、輪状咽頭筋がこれだ。

輪状甲状筋

筋腹あり。斜部、垂部は、なんとなくではあるが、確認。もう少し時間をかけて解剖していけば、綺麗に分けられるかもしれなかった。輪状甲状関節の屈曲具合は、本当に存在した。輪状軟骨を奥に滑り込ませる形で、可動域を感じた。5ミリほど動いたようにも思える。ちなみに、病気のために?ひどく喉頭が奥にしまいこんでいる献体があった。驚いたが、全く、輪状甲状関節の可動域がなかった。全く、だ。不自由な声で苦労したのではないか。

胸骨甲状筋、胸骨舌骨筋

献体にも差はあるだろう。が、面積は広いが、思ったよりも薄い筋肉だった。剖出すると、ベーコンそのもの。

甲状舌骨筋

確認できず。8対すべて解剖すれば、確認できたかもしれないが、それにしても、難しかった。今更が、「舌骨に集まる筋肉」が多すぎる。喉のすべての中心は舌骨、と言ってもいいのではないか。

顎二腹筋

解剖学書の通り、本当に二腹、だった。そして太い、想像よりもはるかに太い。

茎突舌骨筋

ほそい。が、メスではなかなか切れなかった。茎突方向から舌骨方向に流れる筋群はどれも、「なかなか切れない」。茎状突起に関しては、「トゲそのもの」であった。

外側輪状披裂筋

それらしきものを、確認。輪状軟骨、甲状軟骨の間を滑り込む筋肉のため、解剖が難しかった。

披裂間筋

斜披裂筋のクロスを確認。思ったよりも筋腹はある。しっかりと肉眼で確認できる。

声帯靭帯、声帯筋、甲状披裂筋

粘膜層のようなものは、もう感じられなかった。靭帯はピンと張っているようだが、連続して、声帯筋があるようだ。「ここからは声帯筋」とははっきりしていない。甲状披裂筋もしかり。

後輪状披裂筋

これは驚くほど、解剖学書のまんま、出会った。大きく、筋膜の向こうからでもすぐに判別可能だた。筋線維の方向に収縮させると、確かに、声帯が「開いた。」外転した。

仮声帯

思ったよりも薄かった。声帯と大きな違いは感じられなかった。わずかに大きめかな、という程度。しかし、確かに存在する。これもスケッチをした。発声の時に絡むか?と聞かれたら「絡まないはずがない」と答えよう。そういう場所に、声帯と大して変りない存在としてあった。そして「絡ませないように」するならそんな勿体無い話はないな、と強く思う。

肩甲舌骨筋

これがもしかしたら一番個体差が激しいのではないか。我々の献体で言えば、左は筋腹があり、右はもはや「ひも」。他の献体では「ない」ものもあり、胸骨舌骨筋レベルでしっかりしているものもあった。

その他、発声器官について

忘れないために、書いておく。

・甲状軟骨は、輪状軟骨との靭帯を切り離し、その他付着筋肉を取り外せば、角度が大きく、開く。本当に柔らかい。例が悪いが、焼き鳥の軟骨と別に変わらない。噛み砕けよう。

・ロルファーが、頭長筋を非常に重要視していた。

・ハイラリンクスとは、要は「喉頭蓋が閉じること」だと実感。

・舌と、喉頭蓋はつながっている。開口して、ベロを突き出せば、ベロが引っ張り、喉頭蓋が開いた。ケンタンプリンのあの歌い方はこういう理由だろう。喉頭を下げ得るかはわからない。

・口蓋筋によって上に、引き下げ筋によって、上下に引きあった「ノド」は、ピンと張り、綺麗に輝いていた。美しく感じた。反響しやすさも生むのではないか、あれほどピンと張るなら。引き合ってない、デロっとした状態との差が激しかった。


●終わりに

5日間の解剖の終わりに、皆で1分間の黙祷をした。

皆、献体を撫でて、「ありがとう、ありがとう」と言っていた。

最後に袋に包んだ時は皆、泣いていた。お別れだからだ。

献体に心から感謝する。我々は彼女をある理由から、「ROSE(ローズ)」と呼んでいた。

(皆、献体に名前をつけ、献体を友人のように、扱っていたように思う。)


●終えてから、打ち上げ

全員で打ち上げをした。

トーマスマイヤースによって、

「あんなに献体に顔を近づけて解剖してるやつは見たことない」

と山本先生が表彰されていた。皆納得。解剖技術もずば抜けていた。何者なんだ。


 

●その他

・体力がきつかった。体が本当にバッキバキだ。

・精神は、やはり興味と情熱があれば、恐怖に打ち勝てる。

・次回はあるのか?まだ未定らしい。日本語通訳付き、というのがなかなかネックだと思う。

・2/1の夜、成田に到着する。

・本日は良く、休む。お土産と、散歩でもする。

・2/28の夜、三鷹にて、山本先生とともに、報告会をする。そこで、スケッチも全て公開したい。もちろん解説、実践付きで。

・誤字脱字、乱文極まりなかったでしょうが、最後まで読んでいただいた方、ありがとう。

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